初めての私の監修した楽譜、〜ピアノのしらべ〜
最初に書いた思い入れのあるエッセイです。
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日本のうたが、これほどまでに心に響くのは、なぜなんだろう。
私は、頬杖をついて、ロンドンのフラットの窓からどんよりとした空を見上げて考えます。
日本のうたには、私たちの心を揺り起こし、呼び覚ます何かがあります。
それは、私が小さいころから慣れ親しんで弾いてきたブルグミュラーやバッハ、ショパンやリストの大曲を弾いても決して得ることのできない何かなのです。
たとえば「うみ」を弾きだすと、その後ろで、映画のワンシーンのように、ある光景が浮かび上がります。
それは、若くてきれいな担任の先生が弾く足踏みオルガンと、その周りに集まって歌う、小学校一年生の姿です。
私は、先生の髪からかすかに漂うクリームの匂いにうっとりしながら、先生の左側にぴったりとくっついて一生懸命唄っています。
また、我が家で海といえば、父が生まれ育った湘南の逗子の海でした。
私たち姉妹は、父の歌う「われは海の子」を聞いて育ちました。
「われは海の子」は、私の記憶を、逗子の海へと引き戻していきます。
どこまでも広い海、その藍さ、真夏のジリジリした太陽の熱、トンビが旋回する青い空、そこに浮かぶ真っ白な雲、浜に寄せる波のザブンとした音、頬をなでる潮風、その時食べたカキ氷やスイカの甘さまで・・・
記憶に身をゆだねると、どこまでも鮮明に思い出すことができます。
私は、ショパンやリストを演奏するときは、彼らが生まれ育った国を想像し、その時の作曲者の感情を汲み取って弾くよう学びました。
でも、日本の歌を演奏するときは、汲み取る必要なんでありません。
自分の体験と生み出される感情に素直に従って弾けば良いのです。
その演奏者の楽しさや懐かしさが引き出されたとき、聴く人の心を打つことができます。
どうぞ、この日本のしらべを演奏するときは、懐かしいといった感情だけでなく、視覚・聴覚・触感覚・言語感覚の4つの五感を研ぎ澄まして弾いてみることをお薦めします。
きっと、テクニックを超えた、あなたらしさが表現できるはずです。
その域に達したとき、あなたは、深い満足感と真の充実感を得ることができるでしょう。
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詳しい情報、試聴、ご予約はこちらから出来ます。
河上素子さんの美しい編曲と演奏をどうぞお楽しみください。